私の生活圏にある商業施設の高級時計店で窃盗事件がありました。このような話題で中野ブロードウェイという場所が全国ネットのニュースで採り上げられたのは残念でした。犯人が「薄いガラスで高級時計が陳列されていて簡単に盗めそうだと思った」等と供述していますが、たしかに諸外国と比較すると日本の防犯意識は低いと私も感じます。
ただ実行犯である南米国籍の2名はこんなに簡単に日本の警察の捜査が自分らに及ぶとは夢にも思わなかったのでしょう。それは仕方がないことです。南米の国々において警察機構に対する国民の信頼は一般に低いからです。
盗品をすぐに買ってもらえると思った(または誰かにそう吹き込まれた)のかもしれませんが、日本では古物を売買する許可を得るために、こと細かい身上情報を添えて最寄りの警察署経由、都道府県公安委員会に許可申請を出していることなども、彼らの常識からすれば考えられないことだったに違いありません。
もちろん母国に帰ってから換金しようという算段だったのかもしれませんが、犯行後にわざわざ大阪まで足を延ばしていたあたり、やっぱりこれほど簡単に足がつくとは全然想像できなかったのだと思います。
関係する法令を見てみます。犯罪防止目的の法律であることが一目瞭然です。
「古物営業法
(目的)
第一条 この法律は、盗品等の売買の防止、速やかな発見等を図るため、古物営業に係る業務について必要な規制等を行い、もつて窃盗その他の犯罪の防止を図り、及びその被害の迅速な回復に資することを目的とする。
(確認等及び申告)
第十五条 古物商は、古物を買い受け、若しくは交換し、又は売却若しくは交換の委託を受けようとするときは、相手方の真偽を確認するため、次の各号のいずれかに掲げる措置をとらなければならない。
一 相手方の住所、氏名、職業及び年齢を確認すること。 ~中略~
2 前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、同項に規定する措置をとることを要しない。一 対価の総額が国家公安委員会規則で定める金額未満である取引をする場合(以下割愛)」
「国家公安委員会規則(=古物営業法施行規則)第十六条
(確認等の義務を免除する古物等)法第十五条第二項第一号の国家公安委員会規則で定める金額は、一万円とする。」
対価1万円未満のものは取引相手方についての確認義務が免除されますが下限金額としては低いと思われます。
しかも古物営業法には次のような条文があります。民法の規定と比較すると非常に興味深い条文です。
「古物営業法(盗品及び遺失物の回復)
第二十条 古物商が買い受け、又は交換した古物(割愛)のうちに盗品又は遺失物があつた場合においては、その古物商が当該盗品又は遺失物を公の市場において又は同種の物を取り扱う営業者から善意で譲り受けた場合においても、被害者又は遺失主は、古物商に対し、これを無償で回復することを求めることができる。ただし、盗難又は遺失の時から一年を経過した後においては、この限りでない。」(カッコ書き部分を割愛)
同じような状況下の民法の規定では、被害者・遺失主であっても代価を弁償することが回復の条件になっていますので、古物商のプロとしての判断責任の重さを勘案して被害者・遺失主の権利救済を優先させているものです。但し除斥期間は民法の2年から古物営業法では1年に短縮されています。
「民法(即時取得)
第百九十二条 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。
(盗品又は遺失物の回復)第百九十三条 前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。
第百九十四条 占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。」
つまり古物商が盗品と知らずに正当な取引で盗品を買って代価を支払ったとしても、被害者・遺失主には無償でその品物を返還しなくてはならないわけですから、古物商にとって盗品を買うことのリスクは極めて高いことになります。
中野ブロードウェイには日ごろから多くの外国人観光客が訪れるので(時間帯や曜日次第では客の半分以上といっても過言ではないときもあります)、外国人が高級時計店等を訪れること自体は、いまとなってはごく日常的な風景です。みなさんが中野の町を楽しんでいる姿をいつも見ているだけに残念な事件でしたが、日本ではこうした犯罪の成功率が低いことを世界にアピールできるきっかけになったのであれば、それはせめてもの救いです。
ちなみに東京都公安委員会宛に古物営業許可申請する際必要な書類は以下の通りです。定型の許可申請書に加えて、
「個人許可申請の場合
- 略歴書(本人と営業所の管理者のものが必要)
根拠 古物営業法施行規則第1条の3第3項第1号イ - 本籍(外国人の方は国籍等)が記載された住民票の写し(本人と営業所の管理者のものが必要)
根拠 古物営業法施行規則第1条の3第3項第1号イ - 誓約書(本人と営業所の管理者のものが必要)
根拠 古物営業法施行規則第1条の3第3項第1号ロ、第3号ハ - 身分証明書(本人と営業所の管理者のものが必要)
根拠 古物営業法施行規則第1条の3第3項第1号ハ - URLの使用権限があることを疎明する資料(該当する営業形態のみ必要)
根拠 古物営業法施行規則第1条の3第3項第5号」(出典:警視庁HPより)
ここでいう身分証明書とは運転免許証やマイナンバーカードとは違い、本籍地のある役所で発行してもらうもので、破産していないことや、被後見人になっていないことなどを証明するものです。
こんなふうに法令を読みながら、行政手続をお手伝いするのが私たち行政書士のお仕事のひとつです。
法令出典:e-GOV法令検索