世界45か国を観てきた行政書士が作りたいBCP(事業継続計画)⑤ コロナ禍から5年

2020年3月17日は忘れえぬロックダウン初日です。といっても当時私は日本ではなく、ペルーの首都リマ市に駐在していました。ペルーにおけるコロナ感染者第1号が確認されたのが3月6日でした。それから10日あまりで政府はロックダウンに踏み切りました。日本の外出自粛要請とは異なり、非常事態宣言下での外出禁止令です。無用な外出をすれば、最悪身柄を拘束されるような厳格なものでした。

当時勤めていた会社では、コロナがこの世に出現する前から、在宅勤務の稼働環境を整備していて、定期的に訓練をしていました。私の場合、その年の1月後半に日本に一時帰国していて、日本の方がコロナの感染拡大がペルーよりはやかったため、日本からペルーに戻った直後、会社から1週間の在宅勤務を指示されました。そして指示通り、1週間会社に出勤せず、自宅からリモートで仕事をしました。そうこうするうちに、ペルー全土がロックダウンになったのですが、幸い全く支障なく、フルリモートワークにシフトしました。まさに備えあれば憂いなしを実体験しました。

しかしペルーの事情はそんなに単純ではありません。新興国にはインフォーマル経済というものがあります。商売は食品販売等まともですが、企業としての約束事を全ては守っていない事業者です。例えば、最低賃金を支払っていない、社会保障債務を履行していない、きちんと納税していない、などです。そのように、日々の現金収入で生計を立てている人たちは、在宅勤務では収入が途絶えます。もちろん、ペルー政府はインフォーマル経済で働く人たちに在宅を求める補償金を支給していましたが、もらう側にとって不十分で、外出禁止に従わず、商売を続ける人たちがたくさんいました。在宅では仕事にならない人は一定程度存在していることを忘れてはならないと実感しました。

一日で外出が許されるのは日用品の買い物だけです。日曜日はそれさえも禁じられました。近くのスーパーではトイレットペーパーが消えました(その後、補充されるように)。間もなくマスクなしでの買い物ができなくなり、あせりました。マスクが入手できず、探し回って最後の最後、日本人の駐在仲間のご友人に貴重な日本製マスクを譲ってもらいました。私からのお礼は日本から持参したフリーズドライのお味噌汁数袋。単身赴任者にとってそれはそれなりに貴重でしたが、この状況下ではあきらかにアンフェアトレードです。それでも快くマスクを譲っていただき、そのご恩は生涯忘れることはないです。いただいた7枚セットの使い捨てマスクの1枚を、毎日洗濯して1カ月使い続けました。

ある日買い物から帰宅すると、自宅周囲で防護服を着た人が特殊車両から消毒液を散布していました。作業員に聞くと「あの店のオーナーがコロナに感染して亡くなった。あなたはあの店に行ったことがあるか?」と逆に質問されました。そこは自宅の目の前にあり、しばしば行っていた小さなグロサリーショップでした。「たまには行っていた(実はしばらく前に買い物をしたお店で、確かに店主は咳込んでいました)」と答えると、「体調には気を付けて」と忠告が。その件は、ロックダウン開始からほどなかったのでとてもショックでした。

当時は単身赴任中で、私が勤めていた会社の日本人駐在員は私ひとり。もし、感染して最悪の事態が起こってしまったら、灰になって帰国するしかないという状況でした。オンライン飲み会も始まり、駐在仲間同士で励まし合いながら、不安な日々を乗り切りました。そして日本ではあまりなじみがありませんが海外では一般的なWhatsAppというSNSでの日々の情報共有コミュニティが立ち上がり、貴重な情報交換の場として皆で知恵を持ち寄り、そしてなにより仲間に勇気づけられました。

ペルー政府はいろいろな手段を講じて、何とか感染拡大を防ごうとしますが、その後、世界が大混乱に陥ったのと同様、ペルーも大混乱に陥ります。ある時は、外出禁止を性別で分けるルールが発動されました。しかしご想像の通り、今の時代ジェンダーで何かを縛るとすぐに問題が発生します。あっという間に廃案となりました。

その後もコロナは感染拡大の一途をたどり、ただでさえ医療水準に不安のある新興国で、一人身では危機管理上リスクが高いことから、日本へ一時退避することになりました。4月以降在外公館等のご判断で、ペルーからメキシコまでのチャーター便が4便手配され、6月初に私はその3便目に搭乗、メキシコからは商用便に乗り継いで日本へ一時帰国しました。成田空港でPCR検査を受け、結果が出るまで6時間待機しました。幸い陰性だったので、契約していたタクシーで都内へ移動し、2週間の隔離生活の後、家族の待つ自宅へ帰りました。真っ先に向かったのは3か月ぶりの散髪でした。その後1年近く日本からのリモートワークを続けましたが、結局その後ペルーの地を踏むことはなく、現在にいたっています。

いま振り返ると、当時を一緒に過ごした方々に本当に恵まれていました。お仲間に恵まれたので、難局を乗り切ることができ、おかげさまでいまも元気に過ごしています。当時のお仲間とは、本能的にある種のBusiness Continuity Managementを実践していたのかもしれません。幸い在ペルーの日本人駐在員関係者にはコロナの重症患者は出なかったと聞いています。私自身は2024年夏に初めてコロナに感染しました。ワクチン接種後だったこともあり、重症化こそしませんでしたが、もう二度と感染したくはない病気です。この災害教訓もきちんと伝承していかなくてはならないと思います。

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