必ずすいた電車に乗るために採るべき方法はきわめて平凡で簡単である。それはすいた電車の来るまで、気長く待つという方法である。~中略~ 三四台の週期で、著しい満員車が繰り返され、それに次ぐ二三台はこれに踝を接して、だんだん空席の多いものになる。~中略~ 「来かかった最初の電車に乗る人は、すいた車に会う機会よりも込んだのに乗る機会のほうがかなりに多い。」このようにして、込んだ車にはますます多くの人が乗るとすれば、この電車はますます規定時間よりも遅れるために、さらにまた混雑を増す勘定になる。(出典:寺田寅彦随筆集 第二巻 電車の混雑について 大正十一年九月 思想)
これは100年以上前に東京市内の路面電車を観察して書かれた随筆です。”混雑した電車の次に来る電車は前の電車が遅れたおかげで平均より少ない人数を収容すればよいことになる”理屈も、物理学者ならではの数理的考察で説明されています。詳しくはぜひお買い求めの上、お読みください。(岩波文庫 寺田寅彦随筆集 第二巻)
この観察は現代でも妥当しそうです。遅延して最初に来る電車はたいてい混雑していますが、それを逃すと、もっと大変なことになるとの不安から、とりあえず来た電車に乗るのは普通の心理です。しかしそうした群集心理によってさらにその電車の出発時間が予定より遅れるため、その後は混雑度合いがより一層強まる悪循環に陥ります。ただもし、そんなぎゅうぎゅう詰めの電車に乗っているときに災害が発生してしまったら、被害は平常時より大きくなる可能性が高まります。
寺田寅彦氏は、満員電車を避けて、数本の電車をやり過ごして失う時間は、より快適な空いた電車に乗ることで、すぐに取り戻せると仰せです。現代の私たちも、どうしても急いでいないのであれば、混雑が著しい電車が来た時、数本やり過ごすのも一案かもしれません。
個人的には、移動では電車よりバスを好みます。バスは所要時間は読めませんが、目的地までの移動は読めます。電車は時間は読めますが、本当に移動できるかどうかは読めません。天候やその電車自体で発生した人身事故でストップするのみならず、直接関係ない路線での事故やトラブルにまで影響され易いからです。バスは、一人の運転手の技術と判断にゆだねられますが、少なくとも別路線の事故やトラブルに影響されることはほとんどないし、有事の際は、そのバス一台が停止するという判断を下せば済むので、大量輸送の電車より、私は安心して利用することができます。