40年前の苦い思い出、ゼロと1の差は無限大

昨今、昭和がブームですね。確かに、今から振り返ると(私の場合、昭和を過ごしたのは20年に満たないのですが)なかなか面白い時代でした。

たまたまここ2か月の間に、AEDの使い方をふくむ、救急救命の心肺蘇生方法を研修する機会が2度あったので、40年以上前の苦い記憶がふとよみがえりました。

たしか中学2年生の夏休みスタート1日前、学校の規則に反して、海開きの前日に20人くらいの同級生たちと海水浴に行きました。1日くらい前倒ししても大丈夫だろうという気の緩みがあり、同級生たちも大勢だったので、特に気にすることもなく、海に入りました。水着をもって家から出かけるとき、母から「今日海水浴するのはルール違反じゃないの?」と問い詰められたのを振り切ったことも鮮明に覚えています。

しばらくして、仲間の一人の姿が見当たりません。みんなで必死に探したところ、海底で気を失っている姿を誰かが発見しました。「○○君が死んでいる」と大声で叫んでいます。

みんなで集まると、まだ生きている様子だったので、20人が3つに分かれて、心臓マッサージをするグループ、救急車を呼びに行くグループ、周辺の野次馬を整理するグループが自然に立ち上がりました。

細かい記憶はありませんが、胸骨圧迫を繰り返していたところ、溺れていた○○君が口から水を吐き出し始めました。そして救急車が到着した時には、何とか自力で呼吸をすることができるまでに回復しました。後日本人に聞いたところ、テトラポットから飛び込んだら、思いのほか水深が浅く、海底で頭を打って気を失ったとのことでした。発見があと数分遅かったら、助かっていなかったかもしれないと治療した医師から聞きました。もし万が一、彼が命を落としていたらその場に居合わせた私たちはどうなったか、想像できません。

当然ですが、1日とはいえ海開き前に海水浴をしたことを学校から厳しく処分され、参加者全員ひどく叱られましたが、一方で救命活動については、「よくやった」と褒められもしました。しかしその件以来、海水浴への恐怖心がぬぐえず、ほとんど海には入らなくなってしまいました。

胸骨圧迫やAEDの使用方法は、たとえ一度でも訓練を受けておけば、ゼロとの差は無限だと思います。そして40年前の教訓をいざというときに活かしたいと思います。

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