他国の大統領を(その人が民主的選挙で選ばれたか否かはともかく)武力で拘束することが正しかったのかどうかは、後世の国際政治学者や歴史家が数十年後に判断すべきことなので、私のような素人が意見する必要はありませんが、世界を見渡せばほかにも類似事案がたくさんあるなか、なぜベネズエラに対しては軍事侵攻と国家元首の国外移送がOKだったのか?という整合性もいずれきちんと歴史的に総括してほしいと思います。
2016年から4年間ペルーに住んでいたころ、ベネズエラ難民はペルー国内に大勢いました。当時はたしか50-60万人、今は100万人規模らしいです。私がペルーにいた当時からベネズエラは危険な状況だったので、ペルーからは比較的近い国ではあったものの、一度も入国したことはありません。

(この写真は2019年に撮影したペルーの首都リマの国際空港に到着したベネズエラからの飛行機の荷物が搬出されるベルトコンベアですが、一つも荷物がありませんでした。)
ペルー人の友人のひとりが、「むかしペルーが左翼ゲリラに悩まされていたころ、ベネズエラは憧れの豊かな国だったし、私たちペルー人の移民を助けてくれた。いまは、その恩返しでベネズエラ人を助けたいと思う。」と語っていたのは印象的でした。
確かに不法移民や一時避難民が増加すれば治安悪化を招いてしまうことは残念ながら事実だと思いますが、熱心に働くベネズエラ人もたくさんいました。わざわざ国籍を尋ねるまでもなく、話しているスペイン語を聞けば概ね推測できました。もしくはペルー人がその人はベネズエラ人だと教えてくれるパターンもありました。
以前メキシコで暮らしていたとき、たまに訪れていたNYマンハッタンでは、町ゆく人も働いている人もざっと3人に1人くらいはスペイン語話者だった印象でした。ファストフード店やコーヒーショップではこっちも下手な英語でオーダーするより、スペイン語で話した方が楽だと思ったりしました。
やむなく母国を離れているベネズエラ人の中には、今回の国家元首拘束・強制移送に胸をなでおろし、母国へ戻ろうと考える人も多いのかもしれません。不法移民の検挙におびえながら慣れないアメリカで恐る恐る生活するより、早く家族や友達のいる母国へ戻りたいと願う人も多いことでしょう。
母国が民主的で平和な国になり、それを喜ぶ人たちが多いのであれば良かったと言えることなのだろうと思います。しかし、武力によって民主的状況を人為的に作り出すことが、結果的には恒久平和につながらず、却ってその国の混乱を招き、次なる政情不安を惹起するだけの最悪の結果になったときにも、その責任を永久に負うことができる覚悟と立場ではない人がやるべきことではないと思います。
アメリカが過去何度も同じようなケースでしくじっていることは誰もが知っていることです。ましてや資源権益のために軍事侵攻することを、欧米的歴史観に依拠する後世の歴史家がどのようなロジックで評価するのか非常に興味深いです。
20年くらい前のイベローアメリカ会議で、ベネズエラの当時のチャベス大統領が会議における自身の発言の多さを当時のスペイン国王に「少し黙りなさい」とたしなめられた時、「もう中南米はスペインの植民地ではない」とスペイン国王に対して言い放ったことが話題になりましたが、そうしたメンタリティが双方の底流にあると感じる今般の出来事でした。