地元山口県で過ごした年月の倍近い年月を広島、東京、海外で暮らしてきたので、私にはおよそご縁のないテーマだった農地転用でしたが、山口県の実家の土地がもともと農地で宅地に転用されていたことを最近知るにいたりました。しかも、父名義と信じて疑わなかった実家の裏庭にある家庭菜園部分はずっと伯父名義で地目も農地のままでした。実家とはいえ親元を離れたあとに建った家なので、私は居所として住んだことはありませんが、何も知らずに30年近い時間が経っていました。
この状態で90歳近い伯父に相続が発生すると、実家の裏庭は(義理の)伯母、いとこ、(亡き)いとこの娘さん2名という4人の法定相続人の共有になってしまいます。4人の法定相続人がその裏庭を欲するとは思えないものの、やっかいな相続手続きが残ってしまうので、早期に片づけたいという思いは、父はもちろん伯父も同じでした。
過去をひも解くと、当時の農地法では農業従事者でない者(父=当時地方公務員、現在無職)が(伯父=今も昔も農業従事者から)農地を取得して宅地に転用するのはハードルが高かったようです。実際に宅地に転用できたのは、当時の農地法が要求する建蔽率の必要最小限の部分だけで、その上に今の実家が建てられました。裏庭の土地は農地のまま、登記上伯父名義のまま30年が過ぎていたのでした。仮に父が伯父から譲受した土地を全て宅地に転用するとしたら、過大な上物を建てなくてはならなかったようです。
しかし30年前、当事者間(伯父⇔父)では裏庭部分についても売買が成立していた証拠となる領収書があったため、地元の司法書士先生にご相談し、時効取得を原因とする所有権移転手続きを進めました。現在の農地法下では農地の所有権移転も以前ほど難しくはないようですが、農業委員会との関係性はデリケートなことなので、地元の大ベテラン司法書士先生のご手腕あっての解決でした。相続上の難問が解決したのは大変良かったのですが、大した収量もない家庭菜園で自家消費の野菜をほそぼそと栽培してきた両親は、自分たちなりにルールをまもって30年間せっせと農地としてその土地を保存してきたのだろうと思うと、少し泣けるところもありました。
以前、メキシコとペルーに住んでいた時、カリフォルニア米は地元産のおコメの3~4倍のお値段だったと記憶していますが、それでも購入していました。今のように日本食が世界中でもてはやされている時代であれば、多少高くでも日本産のおコメへの需要は開拓しさえすれば十分あるのではなかろうかと思います。海外で日本食を好む人たちは概ね裕福な人たちです。そしてなにより年間3千万人ものインバウンド観光客が日本のおコメを実食しています。
日本でのコメ生産量を国内需要に見合う量に留めようとした結果足りなくなるくらいなら、潤沢に生産して余剰分を輸出する方針に転じたほうが農業サプライチェーンを維持できると個人的には思います。生産者・流通者・消費者に持続可能的な食料安全保障の根幹テーマとして、日本の農業をまもるために、農地はもとより農業人財という限りある資源を国家としてどのように活用していくべきか、本質的議論が待たれるところです。
行政書士は、厚生労働省に申請する助成金(社会保険労務士独占)を除き、行政書士法に基づき、官公署宛に申請する各種補助金・助成金の申請を有償でお手伝いすることができます。農業に関する補助金は種類も多く、まずはどの補助金を選ぶべきかという点から、地方で生まれ育ち、東京⇔海外を行き来した行政書士としてお手伝いいたします。また、補助金申請に必須の事業計画策定を、元銀行員としてサポートいたします。
補助金については→ 出典:農林水産省ウェブサイト(補助金等:農林水産省)
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