放送法(目的)
第一条 この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。
某大手メディアグループの経営陣刷新が公表されました。院政とかいろいろ揶揄されている大人物も取締役をご退任されるとか。個人的には、外部がとやかく言うより、取締役や株主が会社法に基づいて問題提起するやり方が正しい道筋だと思っていましたので、最近株主代表訴訟を提起した株主さんたちは凄いと思いました。
この事案をBCP(事業継続計画)の観点から見ると、もちろん自然災害ではないにしても、大きく経営環境が変わり、事業環境が極めて厳しくなる点では、BCP発動に匹敵する危機に直面した企業がどう対峙すべきかという他山の石として優れたケーススタディになったと思います。ただもしかしたら、この問題の本質は、長期にわたる権力の集中(そもそもその内情はよくわからない)以上に、社外取締役が機能しなかったことにあるのではないかと思ったりもしました。と同時に、社外取締役になるのは相当な覚悟がいるなと再認識しました。
取締役の最大の責任は善管注意義務です。経営のプロとして、企業の存続を左右するような事態が発生したとき、どのように対処するのか。従業員とその家族を筆頭に、株主はもとより、取引先や各債権者など、多種多様なステークホルダーの利害を調整し、最適解を導き出し、そしてそれを実行に移す責務。これは企業規模に無関係で、取締役が負っている責任です。私は一個人事業主として生きていますが、たとえ、たった一人の自営業であってもステークホルダーはたくさん存在しています。その意味では、早速前言撤回になりますが、ひとりの取締役が負っている責任の重さと規模の関係はむしろ反比例するのかもしれません。
ところで当該メディアグループが、40年くらい前の土曜夜を席捲した、名物バラエティー番組では、エンドロールで神様が今日の仕事を評価して、ダメだったときは、天から水をかけるお仕置きコーナーがあったと記憶していますが、本件で渦中の人は、プロデューサーか何かのお偉い立場ながら、たまに出てきて水をかぶる役割をされていたんではなかったかと記憶しています。そこまでやったから、今の地位を築くことができたのかもしれませんが、コンプラやインティマシーの問題もあって、かつてのようにとんがった地上波TV番組は完全に絶滅してしまったのは少し残念な気もします。放送を公共の福祉に適合するように規律することvs 表現の自由は遠大なテーマなのかもしれません。